水泳は健康的な全身運動ですが、肩への負担も大きく、「水泳肩(スイマーズショルダー)」に悩まされる方も少なくありません。 症状は人によって様々です。軽い違和感から、日常生活に支障をきたすほどの激しい痛みまで、症状の重症度は異なります。 特にクロールやバタフライなど、腕を大きく動かす泳法を行う人は注意が必要です。
この記事では、水泳肩の原因となる肩関節の構造や、負担のかかりやすい動作を解説します。さらに、治療法、そして予防策として効果的なストレッチやセルフケアの方法についても詳しくご紹介します。 水泳を愛するあなたのために、水泳肩からの解放への道筋を示します。 水泳を続けながら健康な肩を維持するための知識を手に入れ、最高の泳ぎを楽しみましょう。
目次
定義と症状
水泳肩とはどのような状態か
水泳肩(スイマーズショルダー)とは、水泳を行うことで生じる肩関節周囲の痛みや機能障害の総称です。 「五十肩」のように、これだけで特定の病気を指す診断名ではなく、肩関節周囲炎、腱板疎部損傷、腱板断裂、インピンジメント症候群など、様々な疾患が含まれます。
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代表的な症状
水泳肩の症状は多岐にわたり、肩の痛み、動かしにくさ、違和感など、人によって様々です。
痛み: 水泳中や水泳後だけでなく、安静時にも肩に痛みを感じることがあります。
痛みは軽い違和感から、腕を動かせないほどの激しい痛みまで、その程度は様々です。
安静にしていれば治まることもありますが、再び水泳を始めると痛みがぶり返すことがあります。肩の動かしにくさ: 腕を上げにくくなったり、後ろに回すのが困難になったりします。
これらの症状は、着替えや髪を洗うといった日常生活動作にも支障をきたすことがあります。
例えば、シャツを着るときに腕が上がらなかったり、髪を洗うときに腕を頭上に持ち上げることができなくなったりします。肩の違和感: 痛みとは別に、肩に「ゴリゴリ」「カクカク」といった違和感や引っかかり感を感じることもあります。
これは、関節の中で骨や腱が擦れ合っていることなどが原因として考えられます。肩の腫れや熱感: 炎症が強い場合、肩が腫れたり、熱を持ったりすることがあります。
患部に触れると熱く感じ、赤みを帯びていることもあります。
これらの症状は、肩の筋肉や腱の炎症、損傷、周囲の組織との摩擦など、様々な要因が複雑に絡み合って引き起こされます。 競技レベルの高い水泳選手では、肩甲骨を安定させる前鋸筋の活動増加が、肩の怪我や痛みと関連しているという研究結果も報告されており、肩周辺の筋力バランスの乱れも一因となることが示唆されています。
原因とリスクファクター
原因
肩関節は、人体で最も可動域の広い関節です。この自由な動きは、上腕骨、肩甲骨、鎖骨という3つの骨と、それらを繋ぐ複数の筋肉や腱、靭帯によって実現されています。
水泳では、この複雑な構造を持つ肩関節を、クロールやバタフライのように腕を頭上に上げて回す、あるいは水をかくといった動作で繰り返し使います。これらの動作は肩関節に大きな負担をかけるため、筋肉や腱の炎症や損傷に繋がりやすく、これが水泳肩の主な原因となります。
特に、肩を内側にひねる動作や腕を上げる動作は、肩関節への負担が大きくなります。
例えば、クロールで水をかく際、腕を内側にひねりながら前方へ伸ばす動作を繰り返しますが、この時、肩関節の前方にある組織が挟み込まれ、痛みや炎症を引き起こすことがあります。これはインピンジメント症候群と呼ばれる状態です。

リスクファクター
水泳肩は誰にでも起こりうるものですが、特定の体質や運動習慣を持つ人はより注意が必要です。
研究によると、利き腕である「肩」の方が怪我のリスクが高いことが示されています。これは、負担が集中しやすいためと考えられます。
また、長年の練習による負担の蓄積も、水泳肩のリスクを高める要因となります。スポーツの経験年数が長いベテラン選手ほど、肩関節の摩耗や炎症が蓄積している可能性が高いため、若い選手に比べて水泳肩のリスクが高くなる傾向があります。
年齢も重要な要素です。年齢を重ねるごとに、関節や筋肉の柔軟性や回復力は低下します。そのため、同じトレーニング量でも、若い選手に比べて中高年層の選手は水泳肩を発症するリスクが高くなります。さらに、過去に肩を怪我したことがある人も、再発のリスクが高いため注意が必要です。
治療法と予防策
保存療法
水泳肩の治療は、多くの場合、保存療法から開始します。保存療法とは、手術を行わずに痛みや炎症を抑え、肩の機能を回復させる治療法です。
まず、痛みが強い急性期には、安静にして肩を休ませることが重要です。無理に動かすと炎症が悪化し、治癒が遅れる可能性があります。炎症を抑えるには、アイシングが効果的です。氷水を入れた袋や冷却パックなどを15~20分程度、患部に当てて冷やしてください。ただし、凍傷を防ぐために、タオルなどを巻いて直接皮膚に当てないようにしましょう。
痛みが少し落ち着いてきたら、肩関節の柔軟性を高め、筋力を強化するためのリハビリテーションを開始します。リハビリテーションでは、理学療法士などの専門家の指導のもと、ストレッチや筋力トレーニングを行います。
手術療法
保存療法を6ヶ月程度継続しても効果が見られない場合や、腱板断裂や関節唇損傷などの重度の損傷がある場合は、手術療法が検討されます。
手術療法は、患者さんの年齢、全身状態、活動レベル、損傷の程度などを総合的に判断して、適切な方法が選択されます。
予防策:ストレッチとセルフケア
水泳肩の予防や再発防止には、日頃から肩関節の柔軟性を維持し、筋力を強化することが不可欠です。効果的なストレッチやセルフケアの方法をいくつかご紹介します。
- ストレッチ:水泳の前後には、必ずストレッチを行いましょう。肩甲骨を上下左右に動かすストレッチや、腕を回すストレッチなど、肩関節周囲の筋肉をほぐすストレッチを行うことで、怪我のリスクを軽減できます。
- 筋力トレーニング:軽いダンベルやチューブを使ったトレーニングで、肩関節周囲の筋肉、特に回旋筋腱板(ローテーターカフ)と呼ばれるインナーマッスルを鍛えることで、関節の安定性を高めることができます。
- 姿勢の改善:猫背などの悪い姿勢は、肩甲骨の位置がずれ、肩関節に負担をかけやすいため、正しい姿勢を意識しましょう。
- 休息:練習後は十分な休息を取り、肩関節を休ませましょう。疲労が蓄積すると、筋肉や腱の柔軟性が低下し、損傷しやすくなります。
- 適切なフォーム:間違ったフォームで泳ぐと、特定の筋肉や腱に過度の負担がかかり、水泳肩のリスクが高まります。コーチにフォームをチェックしてもらい、改善点を指導してもらうと良いでしょう。
これらのストレッチやセルフケアは、水泳前後のウォーミングアップやクールダウンにも効果的です。水泳肩を予防するためには、適切なトレーニング方法やフォームの指導を受けることも重要です。
まとめ
水泳肩は、水泳特有の動作が原因で起こる肩の痛みや機能障害です。クロールやバタフライなど、腕を大きく動かす泳法を行うと発症リスクが高まります。初期症状は肩の痛みや違和感ですが、放置すると日常生活にも支障をきたす可能性も。
治療は、まずは安静やアイシングなどの保存療法から始めます。痛みが落ち着いたら、理学療法士の指導によるリハビリでストレッチや筋力トレーニングを行い、肩関節の機能回復を目指しましょう。保存療法で改善が見られない場合は、手術療法も検討されます。
水泳肩の予防には、水泳前後のストレッチや適切な筋力トレーニングが重要です。正しいフォームを習得し、過剰な練習は避け、十分な休息を取ることも大切です。
少しでも違和感を感じたら、早めに医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けるようにしましょう。早期発見・早期治療が、快適な水泳ライフを送るためのカギです。

参考文献
- McKenzie A, Larequi SA, Hams A, Headrick J, Whiteley R, Duhig S. “Shoulder pain and injury risk factors in competitive swimmers: A systematic review.” Scandinavian journal of medicine & science in sports 33, no. 12 (2023): 2396-2412.
- Steele MC, Lavorgna TR, Ierulli VK, Mulcahey MK. “Risk Factors for Shoulder Injuries in Female Athletes Playing Overhead Sports: A Systematic Review.” Sports health (2024): 19417381241259987.
