2025.1.31 Fri. 【専門医監修】投球障害肩に対するリハビリのススメ スポーツ リハビリ 肩 肩の痛み、ボールを投げるときに走る違和感……。もしかして、それは「投球障害肩」のサインかもしれません。野球の投球動作だけでなく、バレーボール、テニスなど、オーバーヘッドスポーツをする方にも注意が必要です。 この記事では、投球障害肩の症状、原因、そして効果的なリハビリテーションの方法まで、専門医監修のもと詳しく解説します。 目次1 投球障害肩の症状1.1 投球障害肩の初期症状1.2 慢性化した場合の症状2 投球障害肩の原因、疾患2.1 腱板疎部損傷2.2 インピンジメント症候群2.3 SLAP損傷2.4 上腕骨骨端線離開3 投球障害肩のリハビリテーション3.1 理学療法3.2 物理療法4 投球障害肩の予防と再発防止策4.1 投球フォームの改善4.2 ウォーミングアップとクールダウン4.3 肩甲骨の安定性向上トレーニング4.4 適切な休息4.5 専門医によるチェック5 まとめ6 参考文献 投球障害肩の症状 投球障害肩の初期症状 初期症状では、ボールを投げる動作など肩を動かしたときだけ痛みを感じることが多く、安静にしていると痛みは治まります。 例えば、小学生の野球少年が、速球を投げた後に肩の前部に痛みを訴える、といったケースをよく見かけます。他にも、投球と同じような動きでも生じます。テニスのサーブで肩の横や後ろに痛みが出る、バレーボールのアタックで特定の角度で腕を動かすと痛みが増す、といったこともあります。 これらの症状は、使いすぎによる一時的なものだと安易に考えてしまいがちです。しかし、適切なケアを怠ると慢性化し、より深刻な状態になる可能性もあるため、注意が必要です。 慢性化した場合の症状 初期症状を放置したり、適切な治療を受けずにいると、慢性化し、安静時にも肩の痛みを感じるようになります。 例えば、夜間や朝方に痛みが強くなり、眠りが浅くなってしまう患者さんもいます。また、肩の可動域が狭くなり、腕が上がりにくくなることもあります。スポーツだけでなく、日常生活動作にも痛みが出てしまうため、QOL(生活の質)が著しく低下する可能性があります。 若いオーバーヘッドスポーツ選手でも腱板損傷が起こることがあります。腱板とは、肩甲骨から上腕骨頭についている4つの筋肉(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)の腱のことを指します。手術を行った30歳未満のオーバーヘッドスポーツ選手25名を対象とした私たちの研究では、損傷した腱で最も多かったのは棘下筋腱で、断裂のタイプは縦断裂が最も一般的でした。また、最終フォローアップ時(平均24.4ヶ月後)には、88%の選手がスポーツに復帰できています。 腱板断裂は手術が必要になるケースもありますが、手術後の経過は良好な場合が多く、多くの選手がスポーツに復帰できています。しかし、早期に適切な治療を開始することで、手術を回避できる可能性が高まります。慢性化する前に医療機関を受診することが重要です。 投球障害肩の原因、疾患 野球、バレーボール、テニス、水泳…これらのスポーツに共通するのは、ボールを投げる、あるいは打つといった、腕を大きく動かす動作です。(オーバーヘッド動作)このような動作を繰り返すことで、肩関節には想像以上のた負担がかかっています。そして、その負担が肩の許容範囲を超えてしまうと、痛みや炎症といった様々な問題を引き起こすのです。これが「投球障害肩」と呼ばれる一連の症状です。 投球障害肩の原因は多岐に渡りますが、大きく分けると「使いすぎ」、「フォームの破綻」、「技術不足による誤った体の使用」の3つに分類できます。 使いすぎは、文字通り肩を使いすぎることで発生します。例えば、成長期の子供が毎日何百球も投げ込みを続けると、肩の筋肉や腱が疲労し、炎症を起こしやすくなります。これは、毎日長時間歩き続けると足が痛くなるのと同じ原理です。 フォームの破綻も、投球障害肩の大きな原因の一つです。理想的な投球フォームは、全身の筋肉を連動させて力をボールに伝えます。しかし、フォームが崩れていると、特定の部位に負担が集中し、怪我のリスクが高まります。例えば、投球での「肘下がり」や「ハイパーアンギュレーション」といった不良フォームは、肩関節に過剰なストレスを与えます。 技術不足による誤った体の使用も、肩への負担を増大させます。例えば、初心者が自己流で練習を続けると、間違ったフォームが身についてしまい、肩を痛める可能性があります。 主な投球障害肩を起こす疾患 腱板疎部損傷 腱板疎部損傷は、肩関節の前上方に位置する特殊な部位である腱板疎部に生じる損傷です。腱板疎部は棘上筋と肩甲下筋の間に存在する隙間で、関節包や結合組織などの軟部組織が豊富な部位です。この部位は投球動作などの腕を繰り返し動かすことで損傷を受けやすく、主な症状として肩の前方の痛み、夜間痛、肩の可動域制限、肩のだるさ、肩から上肢にかけてのしびれ感などが現れます。 腱板疎部 インピンジメント症候群 インピンジメント症候群は、肩峰と呼ばれる肩甲骨の一部と、上腕骨頭の間にある腱板や滑液包が挟み込まれて炎症を起こす状態です。腕を上げる動作を繰り返すことで、この挟み込みが頻繁に起こり、肩の痛みや動きの制限を引き起こします。 SLAP損傷 SLAP損傷は、肩関節の安定性を保つ役割を担う関節唇の上部が損傷する状態です。投球動作のように、腕を強く振ったり、急に止めたりする動作によって、関節唇に大きな負担がかかり、損傷が発生します。 上腕骨骨端線離開 上腕骨骨端線離開は、成長期の子供に特有の投球障害肩です。骨の成長軟骨部分である骨端線が、投球動作の繰り返しによって損傷を受けることで発生します。特に、10代前半の野球少年に多く見られ、早期発見と適切な治療が重要になります。 https://muto-seikei.com/rotator-cff-tear-perfect-guide/ 投球障害肩のリハビリテーション 投球障害肩の痛みを軽減し、再びスポーツを楽しめるようになるためには、適切なリハビリテーションが重要です。 理学療法 理学療法とは、体の機能を回復させるための治療法です。肩関節の動きを良くしたり、肩周りの筋肉を鍛えたりすることで、投球障害肩を改善していきます。単に痛みや腫れを抑えるだけでなく、肩の機能を取り戻すことが目標です。 理学療法では、患者さん一人ひとりの状態に合わせて、ストレッチや筋力トレーニング、関節モビライゼーションなど、様々な運動療法を組み合わせたプログラムを作成します。 例えば、肩甲骨の動きが悪くなっている場合、肩甲骨を上下左右に動かす体操や、肩甲骨を支える筋肉を鍛えるトレーニングを行います。これは投球動作における肩甲骨の役割を理解した上で行われるもので、投球動作全体のパフォーマンス向上に繋がります。肩関節が硬くなっている場合は、理学療法士が肩関節を優しく動かして、関節の柔軟性を高める手技療法を行います。 また、投球動作は、肩関節だけでなく、体幹や下半身の動きも重要です。そのため、リハビリテーションでは、体幹や下半身のトレーニングも取り入れ、全身の連動性を高めることで、投球フォームの改善やパフォーマンス向上を目指します。 物理療法 物理療法とは、電気や光、温熱などを用いて、体の痛みや炎症を抑える治療法です。物理療法単独ではなく、理学療法と組み合わせて行うことで、より効果的に投球障害肩を改善することができます。 温熱療法では、ホットパックなどで肩を温めることで、血行を促進し、筋肉の緊張を和らげます。電気療法では、低周波治療器を用いて、痛みの軽減や組織の修復を促進します。光線療法では、レーザー光線などを照射することで、炎症を抑え、治癒を促進します。最近ではショックウエーブ(衝撃波)による治療が注目され、腱炎などの除痛を目的とした治療に使用されています。 これらの物理療法は、患部の状態や痛みの程度に合わせて選択されます。 また、投球障害肩の治療において、効果的な手法の一つとして関節内圧減圧法(Joint distension法)があります。肩関節内に麻酔薬を注入し、癒着した関節包の剥離することで、関節内圧が低下します。これにより、肩関節の可動域拡大、疼痛の軽減されます。 この治療法を適切なリハビリプログラムと組み合わせ、併用することで、単独で行うよりも優れた治療効果が得られる傾向にあります。当院でも希望に応じて施行する予定です。 投球障害肩の予防と再発防止策 投球フォームの改善 投球障害肩の予防で最も大切なことの1つは、正しいフォームで投げることです。 悪いフォームで投げ続けると、肩に過剰な負担がかかり、怪我につながります。例えば、「肘下がり」や「手投げ」と呼ばれるフォームは、肩への負担が大きいため注意が必要です。 正しいフォームを身につけるためには、専門家に見てもらうのが一番です。理学療法士やコーチにフォームをチェックしもらいましょう。投球動作分析を用いて、科学的にフォームをチェックすることも有効です。三次元動作解析システムを用いて投球フォームを分析すると、肩関節や肘関節にかかる力学的負荷を数値化することができます。例えば、投球時の最大外旋角度や肩甲骨の動きなどを計測し、問題点を明確にすることで、より効果的なフォーム改善指導を行うことができます。 ウォーミングアップとクールダウン 投球前には、肩の筋肉をしっかり温めるウォーミングアップを行いましょう。ウォーミングアップ不足の状態での投球は、肩の筋肉や関節に大きな負担をかけ、怪我のリスクを高めます。 準備運動としては、肩回しやストレッチなどが効果的です。例えば、腕を大きく回したり、肩甲骨を意識して動かしたりすることで、肩周りの筋肉をほぐすことができます。 また、投球後にはクールダウンを行い、肩の筋肉の疲労を回復させましょう。クールダウンには、軽いストレッチやマッサージがおすすめです。 肩甲骨の安定性向上トレーニング 肩甲骨は、肩関節の土台となる重要な骨です。肩甲骨周りの筋肉が弱いと、肩関節が不安定になり、投球障害肩のリスクが高まります。肩甲骨の安定性を高めるためには、肩甲骨周囲の筋肉を鍛えるトレーニングが効果的です。 例えば、チューブトレーニングやダンベルを使ったエクササイズなどがあります。これらのトレーニングは、専門家の指導のもとで行うようにしましょう。 適切な休息 スポーツ選手にとって、練習は重要ですが、適切な休息も同様に重要です。練習のしすぎは、筋肉疲労を蓄積させ、投球障害肩のリスクを高めます。 特に成長期の子供たちは、大人よりも休息が必要です。完全休養日を設けるなど、体の状態に合わせて休息を取りましょう。 専門医によるチェック 肩に違和感や痛みを感じたら、すぐに整形外科専門医の診察を受けましょう。早期に適切な治療を開始することで、重症化を防ぎ、スポーツへの早期復帰を目指せる可能性が高まります。 まとめ 投球障害肩の症状は野球だけでなく、バレーボール、テニス、水泳など、オーバーヘッドスポーツをする選手に起こります。 肩の痛みは、スポーツのパフォーマンスを低下させるだけでなく、日常生活にも支障をきたす可能性があります。 初期症状を見逃さず、適切なリハビリテーションを行うことで、痛みを軽減し、再発を予防することができます。 特に、投球フォームの改善、ウォーミングアップとクールダウン、肩甲骨の安定性向上トレーニング、適切な休息は、投球障害肩の予防と再発防止に非常に効果的です。 肩に違和感や痛みを感じたら、自己判断せずに専門医に相談しましょう。早期発見・早期治療が、スポーツへの早期復帰への近道です。 この記事が、あなたの肩の健康を守るための一助となれば幸いです。 参考文献 Muto T, Inui H, Ninomiya H, Tanaka H, Nobuhara K. Characteristics and clinical outcomes in overhead sports athletes after rotator cuff repair. J Sports Med (Hindawi Publ Corp). 2017. 田中洋, 林豊彦, 乾浩明, 無藤智之, 板野哲也, 亀田淳, 二宮裕樹, 信原克哉. 投球動作のバイオメカニクスとその臨床応用. 理学療法京都 2017年46号65-70. 田中洋, 林豊彦, 乾浩明, 無藤智之, 二宮裕樹, 中村康雄, 小橋昌司, 信原克哉. 3次元投球動作のデータサイエンスによる野球投手の障害予防. 生活生命支援医療福祉工学系学会連合大会講演要旨集 2020-2021 148-151. 中溝寛之他.肩関節周囲炎に対する関節内圧減圧法 (Joint distension法) の小経験.中国・四国整形外科学会雑誌 17 (2), 235-239, 2005